(株)ASK駒井裕社長の悪事を告発する投稿全文

(敬天新聞令和6年4月号 1面)



(株)ASK駒井裕社長


投稿前文と文責

▼前号の貴紙コメントにて「記事は本当か? 盛りすぎでは? 匿名は怪文書扱いになる」との指摘を受けた。

ご指摘はその通り。しかし、メディアはもちろん投稿者も守秘義務がある。

特に和歌山県すさみ町は、岩田勉町長という独裁者が牛耳る町である。情報提供者、数人のすさみ町の取材協力者の名前は、仕事を奪われれば生活を脅かされる可能性が高く、絶対匿名とさせていただく。

公職にある責任者、公人、元議員などには遠慮は一切せず、実名とさせていただく。焦点はぶれていない。すさみ町の政治、町長以下の主張こそ真っ黒な「フィクション」なのである。

※私、京都の人権擁護団体「崇仁・協議会」会長・川村眞吾郎が、シリーズ(その1〜その75)の記事における情報は確かな取材源への聞き取りに基づくものであり、事実確認した内容であることを文責者として断言させていただく。


駒井裕の正体

▼(株)ASK(滋賀県大津市桜野町11番58号)代表・駒井裕(旧性=今井)が、私、崇仁・協議会会長川村眞吾郎の下に来た経緯は既に書いたが、京都崇仁地区(七条〜十条)のうち、九条で生まれ育った中山常雄(広域指定暴力団・会津小鉄会組員)が面会を頼み込んできたことから始まった。

中山常雄は有名な覚醒剤常用の中毒者でありヤクザでもあるため会いたくなかったが、彼も崇仁地区の住民の一人であるという理由から断り切れず、仕方なく京都駅前のホテルの喫茶室で会った。

そのときに中山常雄が連れてきたのが駒井裕だった。「わしの若い衆ですねん」。つまり駒井裕は広域指定暴力団・会津小鉄会組員の若い衆だった。

覚せい剤中毒のヤクザから、その格下のチンピラとして引き合わされた、それが駒井裕との出会いだった。

面会を強引に申し込んできた理由は、当時「崇仁・協議会」の名前を無断使用していた中口寛継氏に対して、私は「類似名称禁止、インターネット削除、損害賠償請求」などの訴訟を提起していたことを(※後に全て勝訴)知ったからだった。

中山常雄は、このホテルの喫茶店で「中口を殺りましょか?」と、持ち掛けてきた。なんと「殺人の押し売り」のための面会強要だったのだ。驚いた私は、当然ながら「やめてくれ、公正な裁判で訴訟しているのだから」と厳しく断った。 私は、せっかく公の法廷で判断を仰いでいるのに、こんな連中に無理やり介入されたくなかった。

しかし、なんという運命のいたずらか、そのホテルの喫茶店のガラス窓の前を、偶然、当の中口寛継氏が歩いて横切っていったのである。


狂気の殺人未遂

▼目の前の窓の外を通る中口寛継氏の姿を見つけた中山常雄は、私の制止も聞かず、駒井裕と他若い衆二人に促して、中口氏を四人がかりで囲み、怒号とともに金属バットでメッタ打ちにしはじめた。 私がいくら止めても覚醒剤の効き目か、中山常雄も駒井裕も異様な形相で狂ったように金属バットを振り続けた。パトカーのサイレンを聞いて、ようやく彼らは車で逃走した。

その後、救急車で運ばれた中口寛継氏は頭部だけでも42針を縫う重症だった。

この襲撃のとき、当初は腰を抜かしてオロオロしていた駒井裕だったが、中口寛継氏が反撃できないほど動けなくなってからは、誰よりも殺意むき出しで狂ったように最後まで中口氏の頭部を金属バットでめった打ちしていたことを現在も鮮明に覚えている。

中口寛継氏は一命をとりとめたものの殺意は明白だった。駒井裕らによる殺人目的での殺人未遂、これは目撃者としての私の証言である。もちろん警察にも事実を伝えた。


ヤクザと覚醒剤

▼事件後、駒井裕は、この親分・中山常雄を裏切り、警察に中山の覚せい剤の隠し場所を密告して刑務所送りにした。中山常雄が服役中に親分を乗り換え、山口組H会組員・津田某(故人)の盃をもらい、津田の若い衆となった。

津田某と駒井裕がアポなしに私を訪ねてきて「駒ちゃん(駒井裕)は兄弟(中山)からワシが預かることになりました」とヤクザでもない私にお門違いな挨拶にきた。

ヤクザの親分乗り換えを「サーフィン」と呼ぶ駒井裕は確かにヤクザを軽視し馬鹿にしているが、自身もれっきとした暴力団員である。

現在のすさみ町は駒井裕を「暴力団員ではない」と町議らが示し合わせているが、まさに噴飯もの。地球上で、すさみ町以外には世界中どこにも通用しない真っ黒な「フィクション」である。

その後、駒井裕は私に「子供の学校のことやらがあってカタギになりたいんです。お願いします、雇って頂けませんでしょうか」と、乗り換え親分である津田某同伴で、涙と鼻水を垂れ流し土下座で懇願。磨き抜かれたウソ泣きと迫真の土下座芸に度肝を抜かれた私は、つい同情してしまった。

それまでのこざかしい横領事件、詐欺や殺人未遂、津田某と京都府内の建設会社・杉本建材に、夜間、投石で窓ガラスを割って会社事務所に侵入し窃盗をしたことなど、駒井裕のそれまでの異常な反社会性、犯罪歴から、本来なら、仕事はもちろん、雇用など絶対にできる人間ではない。

しかし、駒井裕の三人の子供のためにと悩みながらも雇うことにした。この情けが私の人生、最大の過ちだった。

ウソの反省や謝罪、ウソの土下座がカンタンにできて人を悪利用できる人間は、一生、変われない。

駒井裕は、仕事ができないばかりか、お客様に対する態度も言葉遣いも酷い。極端な二面性があって私の前以外ではチンピラヤクザそのまま。何度注意しても学習能力が欠如しているのか改まらなかった。

(2面に続く)




中山氏と駒井氏が使用した崇仁・協議会の名刺



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