敬天新聞 令和6年7月号 社主の独り言(甘中辛)

(敬天新聞 令和6年7月号 4面)



 

▼人は人生半ばにして亡くなると惜しまれるが、人生を全うすると普通の人と評価される傾向がある。

まだまだ夢の未来があるのに、何故こんなにも早く命を落とすのかという悲哀である。それはやがて「殉死」とさえ呼ばれるようになり、「命を賭して」と評価される。それだけ多くの人に感動や影響を与えるからである。

しかしそれはあくまで一部の人にであって、全ての人にではない。思想や価値観が違えば興味もない話になってしまう。

交通事故で亡くなっても、若い人は惜しまれるが高齢者ならそんなに同情もされない。

葬式に参列しても、若い人の葬式は多くの人が涙ぐんでるが、九十歳を過ぎた人などの葬式では涙ぐんでる人など殆ど居ない。

寧ろ「ありがとう」と家族も含めて感謝の気持ちを口にする人が多いかもしれない。

また同じ死でも覚悟を持った死と、人生を全うした自然死とでは人の捉え方が違う。

何百年経っても、その生きざま、死にざまが評価される人もいる。日本で言えば「忠臣蔵」で有名な赤穂浪士がそうである。実際に史実にある物語ではあるが、その後の書き手によって、評価は大きく変わったりする。

筆者も各種詐欺が蔓延する今の世の中が正常な世の中とは思わない。しかし法律や規則でがんじがらめにすると、人はガンダーラのような国に逃げて行ってしまうだろう。

また共産国のように国民を支配し、縛り付け、一部の者だけが利を得るような国にだけはしてはならない。

日本だけの歴史を見ても、時代によって統治が色々変わっている。それは島国だったからこそ可能だったこともあるだろう。

ヨーロッパのように国が密集していれば、常に隣国の生活状況に影響されるだろうし、自国の都合だけでは生きられまい。ある日突然にロシアのような行動をする国も現われる。新しくその国を治めた者は、その力の源泉、勢いを持って、より多くの富を求めようとするからである。

時代が進むにつれて、知識や常識という物は成長するものであろうが、人間の心の奥底にある欲望という魔物は、恐らく何千年、何万年経っても、変わらないのではないか。 それは人間の奥底に流れる血も基本は動物だからである。弱肉強食の食物連鎖で世の中は成り立っている。



 

▼色んな活動や運動をしていると、取り込まれるか、取り残されるか、という選択になる。

最初は個人的な意見考えを主張するのであるが、世の中の流れや流行り廃りでも変わってきたり、運、不運もある。結局、無名より悪名が勝るという選択をする者もいる。

長年通して一つの事を続けるという事は、商売にしろ、政治にしろ、或いは趣味の世界にしろ、大変なのである。最近は夫婦でさえ、一生を添い遂げるのが大変な時代になってしまった。

例えば政治で言えばぶら下がってるだけなら与党の方が楽だろうし、責めるだけなら野党の方が楽だろう。

何処の国も体制崩壊を目指すのはやはり若者である。若者には何かを為そうとする夢や希望や、何よりもエネルギーがある。そのエネルギーの源は、生きるという自分の未来が永遠に続くような幻想である。

頭のいい子は自分の未来像を描き、それを目標に努力し達成するのであるが、そういう優秀な子でさえ老いる現実と言うのは理解できない。これは優秀な若者であれ、そうでない若者であれ、生きるという意味では全く関係ないのである。

生ある物はいずれ必ず死を迎える。時々、天才と言われる人たちの中で、人生半ばにして自ら命を絶つ人がいるが、その人たちの死が人生を達観したからとか、絶望したからとは全く違う。

ライオンや虎の生き方を目指す者もいれば、蟻や蜂の集団を目指す者もいる。その全てを否定はできない。国によって、人によって、その選択も手法も違ったりするが、本来は誰も否定はできないのではないか。

例えば、全ての要求を満たしたけれど憎まれながら死んで行く人と、満たせたものは少なかったけれど満足して死んで行く人と、どちらがいい人生だったかは、その人にしか分からない。

いま高齢者の老後問題が何かと話題になっている。ボケた老人を目の当たりにすると、本人はボケてる事が分からない。どんな行動をしても本人は普通と思っている。

先日、そういう雰囲気を醸し出すような運転をする人の車に乗ったのだが、赤信号は止まらないし、青信号では進まない。車は電動ドアだったのであるが私は後部座席に乗ったのだが、後部座席の両方のドアを開けたままスタートしようとするのである。

駐車場では全く駐車が出来なかった。途中電話が鳴ったら降りて電話に夢中になり、後ろから駐車場に入ろうとする後続車の車の事は全く考えてない行動だったので、後続車からのクラクションが鳴って大変だった。それでも他人事で携帯で話を続けていたのである。

やはり高齢者の免許は強制的に返納を求めるべきである。地方で車がないと生活できないような地域に限っては、その地域のみでの運転可として許可すればいいだろう。



 

▼高齢者になってから、忘れ物が酷くなって来た。先日も出張に行ったおり、携帯を忘れて、誰とも連絡が取れずに大変だった。相手からも返信が来ないとの騒ぎで大変だった。

携帯電話がなかったころは最低でも五、六本の電話番号は頭の中に覚えていたのだが、今は携帯電話に頼り過ぎて、自宅の電話や事務所の電話さえ、忘れてしまっているのである。

もうスマホに換えないと、生活にも支障の出る時代になったが、スマホは番号を押そうとしたら違うところにかかってしまうので、それが嫌で換えることができないのである。

若い者が電光石火の如く情報を見つけたり、メールを打ってるのを見ると、本当に羨ましい。年寄りは動きが遅いだけでなく、手に水分が無いので、スマホの反応も遅い。

それなのに間違った時だけ、直ぐに電話がかかってしまうのである。メール打ってる時もそうである。打ってる途中で、送信になってしまう。その度に「間違った」とか、「まだ途中だった」と言い訳を入れなきゃならないし、使いこなせるようになるより先に、あの世へ行く方が早いような気がする。
 

高齢者の話題は、「一日が早い。一週間が早い。」である。確かにアッという間に一日が終わる。これじゃ還暦を迎え、身体が老人化し始めたら、古稀や喜寿なんて、直ぐに過ぎてしまうだろう。

何で同じ一日なのに、若者と老人は、一日の長さの感じ方が、こうも違うのだろう。老人の方が何もしないから、退屈で一日は長いものとばかり思っていた。

ところがどっこい、やることはないのに、時間だけは過ぎるのが早いのである。動作が鈍いから一つ一つの反応に時間がかかっているからかな〜。とにかく一日が早くて、朝起きてボ〜ッとしてたら、もう夕方である。

ただ不思議なのは、飯だけは三度三度、きちんと忘れずに食べるのである。中には食べることを忘れたのか、四食も五食も食べる爺婆もいるらしい。一体どこに入るのだろうか。

ひょっとして爺婆が年老いて、体の表面がしわくちゃになるのは、あの皺の中にも食べた物を蓄えるようにだろうか。真に不思議な生物である。

これじゃ、喜寿(七十七歳)、傘寿(八十歳)、米寿(八十八歳)も、直ぐにやってくるね。南無〜。


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